離島生活で思ったこと

沖縄の離島で暮らす中で思うこと、考えたことをつらつらと書いています。思考のウンコのようなものなのでまとまりはないです。

11月30日

曇り。

 

 

 

北風がまた強くなってきた。

 

昨日のうちに草を燃やしておいて良かった。

 

 

燃えカスの灰を回収し、野菜畑に撒く。

 

 

 

 

灰は、江戸時代にはお金になった。

 

畑の肥料に使えるからだ。

 

 

肥溜めの糞尿も、お金になった。

 

畑の肥料に使えるからだ。

 

 

 

江戸時代は、生活の全てがお金になった。

排泄物もお金になるとは、なんとも素晴らしい。

 

 

現代は、むしろお金を払って処分してもらっている。有効活用しないからだ。

排泄物は汚い余計なものとして、厄介者のように処分される。

 

 

何とも勿体ないことである。

 

 

 

 

 

 

 

それでも

それぞれに良さはある。

 

 

最近は、何事にも於いてもそう思えるようになった。

 

 

農薬も、別に使えばいい。

 

むしろ、沖縄で完全無農薬をしたら、畑にも蚊がうじゃうじゃ出て仕事にならないと思う。

 

今でさえ、たまに蚊のいる畑があると全く仕事が出来なくて、早々に引き上げてしまう。

 

 

 

 

何事にも、良い面、悪い面はあるものだ。

 

 

「昔は良かった」のではなく、それは単に思い出だから美化されただけで、

 

今も、昔も、良かった面はあるし、大変なこともあった。

 

忘れることのできる脳の仕組みは素晴らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はいろいろと慣れないことをした。

 

 

神様は新しい体験を好むというから、きっと喜んでくれたと思う。

 

 

その分疲れたけど、

ご飯は心置きなく美味しく食べられた。

 

 

 

予定していた仕事も7割方こなせた。

 

ご飯も、いろいろ作れた。

 

 

食材がいろいろあると、やはり気持ちに余裕ができてご飯作りが楽しい。

 

 

 

 

 

 

 

いろいろあるけど、

 

 

「この地球上にいる人で、100%幸せな人は居ないのです」

 

という言葉を聞き、

 

なんか慰められた。

 

 

 

この地球上に、100%幸せな人など居ない。

 

 

一見幸せそうな人も、実は大変な経験を重ねていたりする。ただ、自分はそれを知らずに羨んでいるだけ。

 

本当にその通りだと思った。

 

 

 

誰もが実は大変な経験をしている。

 

 

 

 

それでも、明るく、楽しみを見つけて生きているだけ。

 

 

 

 

この地球が、どれだけ過酷な環境下でも楽しく明るく生きられるかのゲームをしているとは信じ難いが、

確かに、明るく幸せな生活を送っている人ほど、日々の努力や鍛錬は積んでいるように思う。

 

芸能人なんてホント、常日頃から気を使い、努力をし、鍛錬を重ねていると思う。

 

だからこその、華やかな世界にいる。

 

 

 

そおいう世界を望むなら、同じ苦労をしてみろよ、だよね。うん。

 

 

まぁ、自分は自分のペースで。

 

 

 

 

 

日々を実直に愚直に、過ごすしかない。

 

 

 

 

 

 

今日は取り急ぎ、そんなカンジ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁあと、

 

直ったと思ったお風呂のボイラーが、また壊れた。

 

 

 

 

 

これはどのようなメッセージなのか、神様に聞いてみたいねぇ。。(о´∀`о)