離島生活で思ったこと

沖縄の離島で暮らす中で思うこと、考えたことをつらつらと書いています。思考のウンコのようなものなのでまとまりはないです。

現実は小説より奇なり

すごいブログを知ってしまった………


いばやの坂爪さん絶賛の、ミユさん自伝。

坂爪さん自身がたくさんの方に影響を与えまくっているカリスマだというのに、
そのカリスマが絶賛する人とはどのような人だ?!と興味本位で覗いてみたらば、

寝る間を惜しんで読みふけるに相応しいすごい人生……!!




恐らく、このミユさんとは同世代で年もそんなに変わらないと思うのだが、

なんて自分とは違う人生かッ。。。( ´∀`)




己の平凡さが恥ずかしくなるくらい、奇想天外な家族構成に波瀾万丈な人生で実行力・実力に富んでいる。




そして、

私なんぞには想像もできない位の哀しみや辛さもたくさんたくさんあっただろうに、

それを凌駕するカラッとした文章力。



これだけカラッとするには、相当の苦労もあったと思います。










きっと、他にも世界を見渡せば相当数の同じような苦労や哀しみや破天荒なドラマが存在するんだと思います。
我々は、ただ知らないだけ。

知ろうともしない、考えもしなかった。

知らないことがどれだけ罪か、

我々はもっと多くを知らなくてはならないのだな、と痛感させられました。



そして、

いかに自分の悩み事や哀しみ事が取るに足らないちっぼけなものだったかッッ…………!!
( ; ゜Д゜)





本当、すみません。こんなことくらいで悩んで哀しんで立ち止まってて……………ってカンジです。


電話一本するのも苦手で憂鬱になっててダラダラ先伸ばしにばっかしてたりする自分が本当、、申し訳なくなりました。

同時に、なんてちっぽけなことで悩んでたんだ!!と、先に進む勇気も貰いました。






そして、子供が生まれた話にまで読み進めて、いよいよ号泣。感動の嵐。


時刻はもう夜中でした。

家族はもう寝てて、スーピースーピー寝息が聞こえるなか、私、号泣。



感動の嵐の中、興奮して眠れませんでした。




そして3.11。

あの震災と原発事故で、本当に多くの方が人生の舵取りを余儀なくされたと痛感しました。

ミユさんもそれを機にイタリアへ行くことに。


イタリアでもたくさんの語り尽くせぬ苦労や苦悩があったと思います。

でも、それをミユさん独自の強さと実行力で乗り越えてゆく。

そこがまた痛快で読みごたえのある部分なのですが、

同時に腐敗していった日本政府を思い、情けなくもなりました。



チェルノブイリよりも酷い事故を起こしながら事故の重大さを認めず、放置してたくさんの人に放射能浴びせて誤魔化すことに逃げ、補償も償いもせず謝りもしない。

巨額を投じてアホみたいに除染したかと思えば、今度はその除染で出た汚染土を公共事業で全国に、農地造成に使うなどと言いやがる。

まずは謝れよ!!!  ……と。。。。



誰の手にだって負えない放射能

手に負えないなら、まずはみんなに知恵を求めればいいのに。。


世界には、こんなにも勇気や叡知に溢れた人がいるのだから、せめて、どんなに情けない姿を晒そうとも助けを求め、人々の知恵を集めたら、誤魔化して汚染を広めてくよりかは何か一粒くらい、一筋の希望くらいは見つけられるだろうに………と。。








私の田舎は浪江町大熊町で、

モロに汚染されたのでもう帰れない土地になりました。(それでも表面上、除染されて、無理矢理帰宅可能地区にされてしまったけれど。)


大好きだった田舎が無くなったのは哀しい。

けど、

これ以上 関係のない土地や人まで汚染されてしまうのはもっと哀しいです。


私は、あのまま死の町として、放射能を閉じ込めておけばよかったのに……と思っています。
関係のない地域や人まで巻き込むくらいなら全然そのほうがいい。




ただひたすらに、逃げるばっかの日本政府が情けなく、

また、

ミユさんのように人は意外と強いんだよ、乗り越えいけるんだよ、坂爪さんのようにお金がなくたって人々の善意で生きていけるんだよ、っていうことを知ってくれたらいいのに、とも思いました 。

























誰でもその気になれれば自作を発表できて読めるネットは素晴らしいですね。

出版界のしがらみがない分、より多くの方がいろんなことを発表できて、よりリアルに知ることができます。

これにより、今までにはなかった《解決法》が見付かるのではないかと願っています






大変な過去を軽快に教えて下さったミユさん、ありがとうございます。ミユさんという存在を知ることができてよかったです。