離島生活で思ったこと

沖縄の離島で暮らす中で思うこと、考えたことをつらつらと書いています。思考のウンコのようなものなのでまとまりはないです。

お世話になったお店;イリヤプラスcafe

 

 

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東京滞在中にお世話になったお店を、お礼を込めて紹介したいと思います。

 

 

まずこちら。

 

 

イリヤプラスcafe。

 

 

JR鶯谷駅から徒歩8分位のところにあります。

 

 

東京で最初に泊まったゲストハウスtoco.さんのすぐ近くにあったので見付けました。

 

 

写真があまり良くないですが、こんなカンジで何でもない住宅地?のなかにぽっかりと明かりが点いて存在しています。

穴場感満載。

 

 

 

 

鶯谷という上野のすぐ近く・大都会のど真ん中で単なる小洒落たcafeかと思ってあまり期待しないで入ったのですが、これが大当たりで

土間のある木造家屋を改造した素敵cafeでした。

 

地元の方にも人気のようで、昼間に行くと  いかつい最新型ママチャリが沢山並んでいます。

夜は夜で家族連れで食事にくる人も。

 

お年寄りの方もよく見掛けました。

 

 

良いお店は地元も方にも愛させるんでしょう。

 

 

 

ビルばっかで生活感の見えない鶯谷ですが、

ここに来ると必ずママチャリを見るので、こんな大都会の中でもしっかりと生活してる人がいるんだなーと実感します。

 

 

 

こちらのお店はパンケーキがなかなか有名らしいです。

 

でも、パンケーキなら家で作れるじゃん、と思うケチな私は頼まず、いつもだいたい日替わり生パスタを注文していました。

 

サラダも付いて1000円くらい。

パスタは生麺を使っているのでモチモチ。野菜のゴロゴロ入ったパスタが中心です。

冬瓜とトマトのパスタなんていうちょっと変わったメニューの時もありました。

 

冬瓜は島でよく採れますが、トマトと合わせても美味しいのは大発見でした。

 

 

スイーツも全て手作りで、まだ食べたことはありませんがどれも美味しそうでした。

料理がどれも美味しいので、間違いなく美味しいと思います。

 

 

《ミートローフ》というメニューもとても美味しかったです。

 

私は、このミートローフというものをここで初めて知ったのですが、食べてみると野菜がたっぷり入ったハンバーグといったカンジのものでした。肉の臭みが一切無く、不思議にとっても美味しいのです。

トマトソースもかかっていて、お野菜が採れるのは都会の外食で貴重でした。

 

 

ドリンク類・ジンジャーハニーとかは手作りのものでしたが、たまにテイーパックにお湯を注いだだけのものもありました。提供時間やコストを考えてのことなのでしょう。

これだけの都会でお店を維持していくには妥当な部分なのかもしれません。

 

 

テーブルの配置も、チェーン店のようにぎゅうぎゅうにすることなく、でも出来る限り詰めながら、お客さん同士が居心地良く過ごせようによく考えられていて、

長居しても一切せかしたり嫌な顔をすることがなく、好きなだけくつろがせてくれます。

駅から少し離れているおかげですごく混み合うこともなく、ゆっくりできる場は都会じゃ貴重。。

多少高い部分は席料とゆっくりさせてもらえる時間だと思います。

 

客席のすぐ横に本棚もあって、それはかつてお店の人が手にしていた本で、どれも興味深いものでした。

 

島で例えると、あやふふあみの木造家屋内地バージョンみたいなカンジ。。?

 

 

 

都会で自分好みのお店を探すのは意外と大変なので、別の街の宿に泊まった時にも途中下車してお世話になりました。

 

 

 

普段はお客さんに一切干渉しないドライな接客なのですが、一回だけ、二千円札を使って会計をしたら、「あ、久々に見た〜♪」と話し掛けてくれました。照れ臭いような、嬉しいような♪

 島では製糖期を中心に流通する二千円札、とっておいてよかった〜。

 

 

 

 

 

 

 

 

いろいろと、食べきれなかった気になるメニューがたくさんあるので、また行きたいなと思います。

ここより小洒落たcafeもこだわったお店もたくさんあるんでしょうが、どこをとっても『気持ち』の込もった、素敵なお店です。

 

 

 

 

いつも裸足に島ぞうりで謎な客でしたでしょうが、また、再訪した際には宜しくお願いします  。

お世話になりました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空の上の宇宙

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久々に飛行機の窓際に乗りました。

 

 

 

雲が山脈みたいにみえたり、あまりに  もこもこしているので飛び込んでダイブしたくなってしまいました。

 

 

 

これだけ自由に空を行き交う飛行機があるのだから、もうこれ自体がUFOみたいなものじゃないかとも思ったり。

 

 

 

当たり前だけど、この『空』の上には宇宙があって。。

 

 

 

青空の上には漆黒の闇の宇宙は見えないけど、

 

この真っ青な空の上を飛び出すと真っ黒な宇宙が広がっていると思うと、本当に不思議なものです。

 

地球だけでも広いのに、宇宙は更に広大で、我々にはその先に何があるかなんて分かりません。。

 

 

 

 

でも、例えば我々の足元にいる蟻から見たら、

我々の地域がどうなっているかなんても全く見えてこないでしょうから、

 

私達にとっての宇宙も、そんなものなのかもしれません。

 

 

 

 

 

たくさんの犠牲を払って途方もないお金を使って宇宙に行っていますが、

 

それでも知れることは、ほんの一部なのかも知れません。

 

 

仮に、蟻が宇宙船を作って日本地域を、世界を見ようとしても、蟻からしたら世界は広すぎて何が何やら分からないでしょう。

もしくは、蟻の視点で見た世界は、我々とは違う認識になるのかもしれません。

 

 

全てはフラクタル

 

 

 

我々の存在が宇宙からしたら蟻のようなものだとすると、知ろうとすることすら徒労に終わることなのかもしれません。

 

でも……

それでも『知りたい』という好奇心を持てるのもまた人間な訳で。

 

 

好奇心、『知りたい』という欲もまた、止められないもの。。

 

 

 

 

 

 

とりあえず、

 

 

我々もような庶民でも飛行機に乗れる時代に、感謝です。

 

 

 

飛行機を飛ばすことで、様々な環境汚染も引き起こしてるんだろうけど、、、

 

それでもやっぱり空を飛ぶ体験が出来る時代に生まれてきたことは凄いし、素晴らしいことで、感謝はしないと。。

 

 

 

 

全てはフラクタル構造だとしたら。

 

人体を宇宙としたら地球に該当するものは『心』。

 

 

飛行機の中から地球を見ていると、

 

心は、

 

これだけ光輝き、儚く、生きていて…刻々と変化もして、

 

 

そしてやっぱり光輝いているものなのだな、とおもいました 。

 

 

 

 

 

花の子のお店

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石垣島の古本屋さんで見つけました。

 

雑誌『nid 』 。  なんとこれが、第1号みたいです。

 

 

 

 

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ページをめくると、現在のあやふふあみ(ちいさい“あ”が打てません…すみません)の店名がパナヌフア(これも小さい“ア”が打てない…(>_<))だった頃の記事が6ページ載っています。

 

今現在からは信じられないくらい質素に見えますね。。

でも私はこの頃のパナヌフアがとても好きです。

 今でもあやふふあみといえば、この時代のパナヌフアが思い浮かびます。

 

 

 

 

 

 

他にも、この雑誌には今は無き古き製糖工場もチラっと載っていて、とても懐かしくなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、つくづく古くて使い込まれたものが好きなんだなーと思いました。

 

多少不便でも、世代を超えて使い込まれてきたものが好き。

 

古道具が好き、ってのとはちょっと違うかと思います。。現役で、使われてきたものだから。

 

 

 

波照間にあるものは、古くても、生活と共に『生きている』。

 

そこが、唯一無二の魅力であると、いま、ようやくちょっと言語化できた気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あやふふあみがパナヌフアだった時代、

 

 

私も含め、そう簡単にはナイチャーが島社会には入っていけない厳しい時代でもありましたが、

 

『だからこそ』、守られていた島のいろいろを想うと、

 

 

 

 

 

あの頃の厳しさはまさに島を守る結界だったのだと。

 

 

つくづく思います 。

11月12日;ゴミから考察

何度も何度も記事を書いては消して、気が付けば霜月も半分くらいにまで過ぎてしまった。





沖縄は朝・夕は肌寒くなるものの、昼間は太陽が出ると相変わらず夏のように暑い。





夏場に比べれば湿度が低くなったのでまだマシではあるが
相変わらず暑くなると身体が重くなって動けなくなる。( ´∀`)




















ブログをUP しない間に色々あった。

首里城も燃えた。





普段は、もう嫌なこと見たくないもの見ないようにして平静を保っている。


現実逃避といわれようと 心は穏やかに朗らかに日々の喜びを感じられるようにしたかった。







最近またネットであれこれ世間の問題や闇をいろいろ見てしまったから 辛くなった。

島の人の汚い行いも目の当たりにしちゃったから また辛い。 



自分から見て、容赦なく己の利益のため島の良き風景を変えていく人は癌細胞に見える。

とてもじゃないけど、長年そこで暮らしてきた人に対する配慮や自然の恵み、島の恵みに対する畏敬の念が感じられない。。

勿論、これは私自身のエゴや価値観、感性の問題。。


でも………、と思うことが色々あり過ぎて



自分一人でできることは本当にささやかな 小さなことだけで



無力感 絶望感 通り越す。










《癌》てさ、元を辿れば血液の汚れが原因。あとは身体の冷え。   






今、あちこちで平~気でゴミ捨てる人いるでしょ?
自分の土地だから何したっていいだろって 粗大ゴミ 家の不用品

一見(いちげん)の観光客には分からないような所にたくさんある。

畑でゴミ焼く人も当たり前にいる。

もうだからって責めないよ。もう考えないようにしてる。


でも、そうやって島のあちこちにゴミを投棄することは、身体で例えればあちこちにわざわざ老廃物を置いてるのと一緒。

ちゃんと排泄(処分)されてない。



血液が汚れるのは、老廃物が溜まっているから。巡りが悪いから。

身体が冷えるのもそう。


隅々に『気』が廻ってないから。





癌はそおいう環境が大好き。



健康な身体だったら毎日生産される癌細胞も生きていけなくて勝手に死滅していってくれるけど


不健康な身体だと自浄作用が働かないから生き残れる。


宿主が死ぬまで、増殖していく。











今の島の姿と


癌細胞の増殖が 重なるんだよね。。全てはフラクタル構造。 








風水で家を綺麗にしましょう、ってのが基本なのも

まず隅々まで綺麗にすると『気』が張り巡らされて、いろんなことな「気が付ける」ようになって、例えば怪我する前に家具の故障に気がつけたりして それが運気の上昇に繋がる等々、となる。

単純に、家の敷地が綺麗に掃き清められてると 泥棒や詐欺師もこの家の人はちゃんとしてるから避けとこう、って悪い人が近寄り難くなる。



たかが掃除、たかがゴミ、かもしれないけど、

その「たかが」を粗末にすると、後で手痛いしっぺ返しが来るからバカにしちゃいけない。






肌を綺麗にするにも、高いクリーム塗るよりまずはウンコ出すのが大事だしね。

ウンコいっぱい出して血が綺麗になって巡りが良ければ肌は勝手に綺麗になっていく。




ウンコは汚ない、ってぞんざいに扱ってはいかん。


ウンコに含まれてる腸内細菌のなかには凄い有益なパワーを持ったやつがいるから、動物のほかほかウンコ(ほかほかのじゃないとその凄い腸内細菌は採れないんだって)を探して採集してる学者もいるくらい。



ゴミは まぁ 集めてもあまり有益なものはないかもだけど(レアメタル採れたりするものはあるけど)
やっぱちゃんと適正な処理をしないと。



適正な処理をしないまま 放置されたゴミがあると・・・・

その地域には 癌細胞みたいな人が「しめしめ」とそのずさんさにつけ込んで入りこんでくるんじゃなかろうか。。



地域の安全、我々の健やかな暮らしのためにも

島を綺麗にすること

当たり前だけどゴミをポイ捨てないこと

出たゴミは適正な処理をすること


が大事じゃないだろうか……









海の漂着ゴミは世間的にも問題になるようになったけど


〈島の中〉の投棄ゴミ、はもう体内に直接入れられたようなゴミだから より 綺麗にしていきたいよね・・



全てはフラクタル構造なんだよ……



自分の身の回りも綺麗にできない人が、

自分を綺麗にしようとしても……無理なんだ・・





逆に 顔は普通でも

身の回りを自分の手を汚しながらでも綺麗にできる人は 内面から美しさを放つんじゃなかろうか。。


















ただ問題は



癌細胞が増えちゃうと

どんなに万能で有益ななんとか細胞とかでも
死滅しちゃうってこと…

各種アレルギー・過敏症の人たちってまさにそれだと思う。。




そおいう人達は本当に良いものや、本当は危険なものが分かるのに もう身体の限界を超えて有害物質が周囲にあるから・・・・もうどうにもできなくなってる。 






それでも、なんとかネットで色々発信している人たちは
気付けない人達へ警鐘を鳴らしてくれてる・・


自分と同じような目に遭ってに苦しまないように…

少しでも 世の中が良い方向に行きますようにと…







分からないかなぁ……??




癌細胞みたいな人には

そんな声も 届かず 自分らへの悪口みたいに聞こえるのかなぁ・・


悪口じゃなくて、そんなことしてたら危ないよ、って言ってるんだけど……



アル中の人に酒控えろ、って言ってもブチ切れられるのと一緒かなぁ……


一緒かぁ……










ある意味、中毒?




でも、

身を滅ぼすなら、周囲への迷惑を一切!掛けることなく滅んでほしいものです・・

















滅びゆくこの世で どう生きればいいのか


逆転ホームランを打つ手立ては何かないか、



そればかりを考えてしまいます。













私の願いはいつまでも綺麗な島で在ること

島を愛する人が住める島であること

島の風習や文化が続いていくこと

島の子供たちが健やかに安全に暮らせる島であること

島の子供たちが帰ってきたくなるような島で在ること



それだけです。








ただ ただ それだけ…

綺麗事だとかエゴだとか言われても関係ありません。

島を守りたいと想うこと。それの何がいけないのでしょうか 。





島が在ってこそ

島の暮らしがあり



また


訪れたい人も来れるもの。





その巡りを守りたいだけ。







ただそれだけでも

守るには課題がたくさんあります。








島を愛してくれた人たちがやがて幻滅して去っていく島ではなく




島を愛する人なら暮らせる島に。



島を自分の欲望のために利用する人は入れない島に。






していきたいものです。
















現実的には、

別に島に帰ってきたかった訳じゃないけど家や親のために帰ってきた、という人もいるので厄介なのですが。


どんな理由があろうと帰ってきた以上は自分が選んだ選択です(鎖に繋がれて引きずられて来た訳じゃないんだから。)。

自分で選択した以上は、誰かに何かに責任を押し付けてないで

自分で責任を取る覚悟をしたいものです。

たとえ土地の所有権が自分にあっても、それは人間の取り決めた概念なだけであって、

自分が死ねばまた次世代に還して繋いでいくものです。














『島』は


その小さい規模故、

それぞれにそれぞれの想い入れがあって難しいです。

島全体が 自分家の庭、みたいな感覚になってしまいます。

そおいう沖縄県民の感覚が私は嫌いだったんですが

私も

惚れた島に来たらそうなってしまいました。





エゴたっぷりです。













でも

そのエゴは 島を利用し消費するエゴではなく


島を守り維持したいエゴなので





赦して頂ければなぁ・・などと思ってしまいます 。


































今日もゴミを拾いました。




一枚数十円のゴミ袋代をケチッた家庭ゴミでした。







枯葉に埋もれて、気付けなかった間に劣化したビニールゴミは

触るほどボロボロになって細かくなっていきました。


拾いきれないほど細かくなったものは

そのまま捨て置くしかありません。





ゴミを拾いながら


私もまた ゴミを捨てているのです。






ビニールは劣化して細かくなっても自然分解された訳ではなく


自然分解されるには途方のない時間がかかります。

その間はずっと 土や景観を汚し続けます。






土さんや草さんは



こんなことをする人間をどう思っているんでしょうね…??








スピリチュアル的に見れば(ブログ「幻の桜」によると)



人間の願いを叶えてくれるのは

草さんや木さんだそうです。










普通に考えれば

人間の願いを叶えてくれるのは〈神様〉です。







でもその神様の正体がもし〈草〉や〈木〉だとしたら………












私達は


何をしているんでしょうね …

生々しい島模様

既にNHK の全国ニュースや坂上忍のワイドショーなどで放送されて知ってる方が多いと思いますが、

波照間の更に西、与那国島では今、島の議長選出に揉めに揉めています。





本来、

市町村の議会というものは公平・平等な立場に立ってやるものだと思うので、それが機能していればここまであからさまに泥沼化することはないと思うのですが………

ここまで泥沼化するってことは、、ってカンジです。 




それぞれに
それぞれが抱える正義があってのことでしょうが、


自分達チームの立場に立った利益追求ではなく



『真に島のためになることは??』


と、



『島全体の利益』を考えながら動くのが、本来の議会のように思います。
自分の支持者の意見に添って動くんじゃなくてね。。




勿論、私は与那国の人じゃないし、何も分かってない人間だとは思いますが。。

与那国島は、
自衛隊を誘致してから更に二分化が進んだと聞きます。

自衛隊が来たから島を去ったという方もそれなりにいると聞きますし、
反対運動をしていたリーダー的存在の方は、事故か自殺か何だったのか…亡くなってしまいました。

それほどの、犠牲者を出しての自衛隊誘致でした。



今の町長は「自衛隊がきたら無償でキビ刈り手伝ってくれるかもよ⤴」なんて呑気なことを言ってた方ですからね………おめでたい幻想しか抱いていないのでしょうか。リスク面はちゃんと考えましたか??





与那国に自衛隊が来てから、

波照間島上空にも戦闘機が旋回しに来るようになったりしました。


他人事じゃないんですよ。



私的には、非常に迷惑です。




自分達が暮らしている島の上空を、我が物顔で戦闘機が飛んでて、良い気持ちがしますか??恐ろしいですよ。

自分家の上空を戦闘機が飛んでて「私達の地域を守ってくれてる♪」なんて微塵も思いません。

戦闘機の不気味な音で、子供達は怯えます。


何も飛んでないほうが静かだし安全です。











与那国島は、



本当に離れ小島だし、

困った時の支援も全く届かなかったり

辛い想いもたくさんしてきた島だと思います。


久部良バリ・トゥング田の歴史は、本当に想像もできないくらい孤立した島の壮絶な生きる闘いでした。今も、その過去を引きずっているのかもしれない。


でも、

波照間から見れば与那国島は山があり湧き水が出るので、恵まれた島でもあると思います。

何も生えないような海岸の絶壁もありますが、
山に囲まれた内陸部は風を防げますので作物を作るのに適しています。
実際、そのような場所に与那国では田んぼがあります。


湧き水があり、稲作もできる。
海があり、一年中魚が採れる。

本来であれば、

そのような土地は人々が豊かに生きるのに適した場所です。


真水の確保ができる島は、意外と少ないのです。
その点、与那国は恵まれています。




それなのに、ねぇ。。。?( ´∀`)







恵まれているからが、島としてひとつにまとまらなくても生きていける→二分してしまうのか…………?
















与那国島は、個人的に
いちばんさいしょにお世話になった沖縄で、

たくさんの神様みたいな優しいおっきい人達に出逢えた島で、沖縄で生きていくのに大切なことも教えてもらった島。。




対立や意地の張り合いに明け暮れずに

島全体で幸せになっていく方向に舵取りして欲しいな~と想っています。











与那国島の話は、あまりにも生々しい人間の醜さが露呈した話が多い。それは、人間なら誰もが持ってる部分だけど。

同時に、本当に神様みたいな人達に逢えたのも、与那国以外の場所ではあまりありませんでした。

離れ小島の辛さがある分、そこで生きている人達のなかには唯一無二の素晴らしい部分があると、私は見てきたつもりです。


久部良バリやトゥング田の過去も、実は無かったのではないかという説もあります。







過去に囚われず、未来を想う。









自衛隊誘致してた人達だって、
自衛隊そのものが欲しかった訳ではないと思います。
自衛隊が来ることによって島に落ちるお金、そのお金によってできることが、欲しかったはず。

あるいは単純に、人が増えて子供達の声で賑やかな日常が欲しかったのかもしれない。

人がいる、安心感が欲しかったのかもしれない。



でもそれは、何も自衛隊誘致しなくても可能なことです。

方法は、無限にあります。








何が大切で、

何が必要なのか、







島のトップに立つ人間ほど、見極めて欲しいなと思います。












現時点ではどうしようもなくぐしゃぐしゃに絡まってるけど…………



私、与那国島のお塩(黒潮源流塩)、がいちばん✨✨美味しいと思ってて。


与那国島のポテンシャルは高いと思うのです。


台湾近いしね。


台湾と与那国を通して交流できたら、素晴らしいじゃないですか。
昔、実際に交易してたし。



交流すること、→《外交》が、

真の平和を築くことだもんね。







自衛隊も、

迷彩服着てレーダーや戦闘機飛ばして威嚇してないで、


ふつ~のおんなじ地球人として

島々や国々、人々のことを守って欲しいよね。。(毎年どんだけの税金取って周辺住民に迷惑かけながら訓練してんだろ……迷惑かけてる時点で、それは誰も救わないんだと思う……)




自衛隊じゃなく、《レスキュー隊》になったらいいな♪♪ と妄想しています。











与那国島に於ける議長問題は、いかにもワイドショー的な話題ですが、

そこに潜む離島苦や、人間誰もが持ってる生々しさ、

それを転換していける方法や思考にまで知見を広げていってくれたらなぁ、、と思います。

有事の際の離島とは


昨晩、突如 深夜1時過ぎにケータイから地震警報が鳴り響きました。

あの、携帯から発せられる不気味な警告音で「強い地震が来る恐れがあります。注意して下さい」って。





寝てたから、何事かと思った。



警告音が煩いから、早く止まれ~と思ってる間に、本当に揺れがきたけど
震度1程度の、大したことない揺れでした。





前に東京行った時にも同じようなことがありましたが(あの時も深夜12:00位だった)
大して揺れはしませんでした。



震源地に近いと警報が間に合わないみたいだし、
震源地から離れてれば揺れも大したことないのがセオリーなので、


本来は揺れが強い地震を注意させるための警報なのに、
本当に揺れが強くなるような場所では多分役立たないのでは?とも思ってしまいました。



大して揺れないんなら、あんな怖い警報音を夜中にいきなり流すな、とも思いますが


いきなり恐怖心を煽られ、訳分かんない時に尤もらしいことを言われたらすんなり聞き入れてしまうな~これが洗脳の手法か~

みたいなことも感じました 。







地震も怖いけど、

人々の携帯にいきなり警報音が流せるってことは、
もうどこかからネットワークが繋がってていざとなれば一斉操作できちゃうようなもの。。

もうそれは現実化してる。

そっちが怖いわ。。( ´∀`)










夕べの地震に関しては、

与那国島の西側を震源とした
与那国でも震度3程度のものでした。


気象庁の発表では波照間は震度2となってましたが、私の体感では震度1程度のかすかな揺れ。






今や地震も人工的に起こせる技術はあるみたいだし、
それと相まって各携帯電話(スマホ)への警報ネットワーク。。


なんかねぇ、、地震警報っていいながら、
空襲警報みたいに聞こえるんす。



確かに私は何でも深刻に考え過ぎるが、
あの地震警告のアラームって、

現代版の空襲警報だと思う。




でもケムトレイル撒かれてる時には一切鳴らない訳で、やらせ有りの空襲警報。






2019~2020年にかけて、また大地震が起こされる可能性があるらしいから、
さしずめそれに向けたシュミレーションなのか…………

何にせよ、あんな警告アラーム鳴らしてくれても、別に私達のことを守ろうとしてるんだ、って気はしない。

よーいスタート、で何かが始められてくような巨大な闇は感じる。




現実は小説より奇なり。





とんでもないお金を持ってる人は、何もしなくても暮らしていけるから暇で仕方なく、人の不幸を見るのが最大のエンターテイメントとなる。




TV も殺人事件やってれば一定の視聴率稼げるもん。ワイドショーも個人には関係のない芸能人のスキャンダルや不幸ネタばかり。

他人の不幸は蜜の味。








だからね、


陰謀論と片付けられて笑われるようなものも、

私は一方では本当に起こされていることだと思う。多分、現実はもっとヤバイと思う。

真実は闇の中だし

大き過ぎる嘘は分からない(バレない)。








これからの時代は、



これらの現実も頭の隅に置きつつ、対策を講じて生きていくのがいいんでないかな~とか。。





自然災害に対する対策ってより、
人工災害に対する心構え的な。






波照間でいえば、

やっぱり『水』の問題が一番だと思います。




波照間の水道水は海水から造っているので無限にあるようですが、

そもそも電気がなければ汲み上げられないし、
その電気を作るための燃料が止まったら何もできません。


燃料がストップすると、
船も出なくなるので

物流は全て止まります。


全て、止まります。



小さな小さな島の中で、どうにかこうにか自給しなくては生きていけません。






元々、波照間は昔からそおいう島だったので、

水に関しては各家に雨水を貯めておくタンクが常備されていました。




が、

それも今では古い家にしかなく、

元々備わっていた家も増改築する際に壊してしまったり、最近の家にはまずありません。






今のところ、台風時に一時断水してもすぐに復旧してきてるので特に大事に至ったことはありませんが、

本当の本当に有事が起こった際にはどうするのでしょう??




特に、

観光客を受け入れている民宿の対策がどうなっているのか、気になります。  



船が来なければ島から出ることも出来ないですから、

お客さんを台風の時のようにとりあえず石垣島まで出てもらうこともできません。



自分達のことだけでも精一杯の時に、観光客のことまで考えなくてはならない民宿は大変なことになります。

島に頼っても、公民館には大した備蓄なんて無いでしょう。(そもそも島民の分の備蓄すらあるのか謎)


役場に頼っても、
役場の人だって自分達のことで精一杯な時は離島住民のことなど後回しになるのが普通です。
燃料が枯渇していれば救助ヘリもチャーター船も難しいでしょう。




波照間を含めた離島住民は

そおいう所に住んでいるし、

観光で来る方も、そおいう所に行くんだという自覚はある程度必要だと思います。




だからね、、観光業を営む方などは特に、
そういったことも視野に入れつつ対策もしとくのがベストじゃないかな~と。。せめて、雨水タンクくらいは、常備して。。食料も、いくらか備蓄しておいて。。


観光で訪れる方も、今は離島であっても便利さがあるのが当たりですが、その当たり前は有事が起きれば簡単に崩れるリスクがあることはちょっこり考えておいたほうが良いと思います。

島に閉じ込められた中で身寄りもなく水も食料も不安定な中で厄介者扱いされるのは本当に辛いから。。残念だけど、有事の際に観光客にまで親切にできる蓄えがあるかどうかは本当に疑問で。。宿の人だけで幾人もの面倒を見るのは難しいでしょう。そこで、近隣住民と良好な関係があれば、お客さんの分まで支援が回ってくるかもしれませんが………
やっぱり、離島に行くほど、周囲との繋がりは大事。。





ちなみに井戸水は、現時点では農薬・化学肥料で汚染されてるから使えません。使うと逆に健康被害が出る恐れがあるので使っちゃダメです。御嶽の神井戸の水だって、口に入れるとちょっとしびれます。しびれる感じがするということは、何かしら有毒なものがあると私は考えています。


だからね、

いざって時に井戸水が使えるように、地下水も綺麗であるように、
農薬や化学肥料は減らす方向を目指していったほうが何かと良いと思うのだけれど。。




お金は、どんなにあっても食えないから。

金があっても、腹はふくれない。

いざって時に助けてくれるのは今いっしょに生きてる人。






自然が豊かであれば、時期時期に何もしなくても実がなる。



波照間には桑の実やグァバやパッションフルーツレンブ・ドラゴンフルーツ、等々
自然に実る果物がたくさん ある。

野草も 実はたくさん その辺に生えてる。

海が綺麗なら魚も増える。


海には、時期にしか実がならない畑と違っていつでも魚や貝や食えるものがいます。






沖縄は、

日本一所得が低いんじゃなくって、

日本一お金がなくたって豊かに生きていける場所。だから出生率が日本一。✨✨


所得が低い、所得が低い、だから所得を上げないと! に、騙されちゃいけない。

所得なんて関係ない。
お金に支配されちゃうと何もかも壊されていく。








話がだいぶ逸れて広がってしまいましたが、







警告アラームは怖いので

そんなのが鳴らない世の中がいいな~ということデス。



※ちなみに世間では地震警報アラームじゃなくて《緊急地震速報》と云うらしいです。

農民のバラッド

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  石垣島のローカル出版社が発行している情報誌・やいま10月号に自衛隊基地建設を危惧する秀逸な記事が載っていたので無断転載となりますが転載させて頂きます。

 

問題がありましたら削除しますので申し訳ありませんがお知らせ下さい。

 

 

少しでもこの問題に向き合う方が増え、

 

平和な島の生活に結びつけばと願います。

 

同時に、実名を出して紙面上で自分の意見を述べた書き手の方の勇気に敬意を表します。

 

**************************************

 

《闘う農民のバラッド》

 

タネを植え、水をやって、話が咲く。そこに実をつけて、大事に育て、あなたに贈るー。

 

  僕は嵩田地域で農業をしている二十八歳です。普段はそんな農作業の日々ですが、今回は慣れない筆を執らざるを得ない状況になりました。若輩者のくせに生意気ではありますが、書かせて頂きます。

 

実は最近、「頑張ってるな」「何を目指してるの?」「議員になりたいば?」など、冗談交じりのいろんなお声をかけて頂きます。

そんな大それたことは考えていません。ただ、モテたいだけです。というのは冗談ですが、理由のシンプルさは似ています。

それは、他地域の青年会が、アンガマーや獅子舞、赤マタ黒マタ、エイサーなど、地域の活動を一生懸命頑張っている感覚に近いでしょうか。

僕は、自分の地域を守りたいだけです。

 

僕が生まれ育った嵩田地域はまだ若い地域です。

戦前に台湾や宮古から移ってきた方々が、切り拓いてできた地域です。

祭りや伝統行事もありません。でも、形や文字にできない〝誇り″や″文化″が確かに存在します。

そのため、農業の後継者がたくさん戻ってきている、まぶしい農村です。

そんな地域の東側に基地を造るというのが、政府の計画です。

この計画が、全国でも類を見ないミサイル部隊を含む超攻撃型の基地計画だと、知る人は何人いるでしょうか。

 

 

◇国の専権事項◇

 

「もしも自分が国の王様だったらー」なんて考えたことはないでしょうか。

僕は小さい頃、そんな淡い夢も思い描いていました。

少し大人になった今では、現実味を帯びた空想をします。「もしも自分が国の権力者だったらー」

 

僕がもし大きな権力を持った国の政治家だったなら、まず「国」という鎧を身にまとうでしょう。

「国が進めている事業ですから」「これは国の最優先課題として」「国の専権事項なので」

 

『国』という言葉を使うことで、あたかも大衆の意見のような正義感のあるようなニュアンスに変わってしまいます。

僕ならその便利な言葉を利用して、その地位に少しでも長く座っていられるようなルールを作るでしょう。

議席数を増やしたり、自分が受かりやすい選挙法を作ったり。

 

次に、この権力や言葉を利用して、自分を支持してくれる個人や団体へ国の補助金や補助事業の優遇を行うでしょう。

支持者に「貸し」をつけておくのです。

職員は忖度してくれるので、その話は簡単に通るかもしれません。

反対に、僕の地位を脅かすようなデモや運動は止めなくてはいけません。

表向きは「テロ対策」「反国家勢力対策」などと謳い、僕ら権力者に歯向かう団体を取り締まる制度を作るでしょう。

 

最後に、僕が行いたい政策には「国の専権事項」と称して国民に四の五の言わせず、強引に推し進めるでしょう。

法律上、地方と国の立場は対等になっていますが、「国のー」と言えば国民はひるむため、カネと権力で推し進めていきます。

 

さて、お気付きの方もおられるのではないでしょうか。

そうです。

僕より先に似たようなことを行っている方々がいるのです。

今の中央政府のやり方がそうでしょう。

〝国の″専権事項もいいですが、「景気・雇用」「高齢者の社会保障」「教育・子育て支援」、〝国民の″専権事項はどちらに行ったのでしょう。

 

 

ステレオタイプ

 

「ねえ、カンフーやって見せてよ」

淡いブラウンの眼を輝かせて、僕に問いかけてきた彼の顔を今でも覚えています。

僕は大学時代の四年間をアメリカで過ごしました。

大学はアーカンソー州という中南部のとても田舎の州にあったため、そこで僕の常識が通用することはなかなかありませんでした。

 

まず、目を輝かせてきた彼は、アジア人は皆カンフーを授業で習うと思っていました。

ちなみに、彼らの辞書に『ジャパニーズ』というものはなく、日本人だろうが韓国人だろうが『チャイニーズ』なのです。

僕らが、『外人』は皆 英語を話すと思い込んでいるのと、似ているのかもしれません。

 

他にも、『アジア人はみな数字が得意でガリ勉』だったり、『忍者のような殺し屋が存在している』と彼らは信じていました。

彼らが作り上げたアジア人への大衆イメージが、そのようなステレオタイプを生み出しているのです。

 

僕たちは、たくさんの先入観や固定的な概念の上で生活しています。

先ほどの例のように、大衆が生み出したイメージから来るものもあれば、誰かが得をするように刷り込んだイメージから来るものもあります。

 

世界的に有名なものに、一日三食を世界で流行させたトーマス・エジソンの話があります。

明王として知られる彼は、当時パンを焼くトースターを発明しました。

トースターの売れ行きが思うように伸びずに、悩んだ彼はある宣伝を始めます。

それが「一日三食」です。

それまで一日二食が当たり前だった時代に、「発明王の自分は三食食べている」とすることで、「三食が良い」と世間に刷り込ませました。

一食増えた分、トースターを利用する人が増えます。

さらに、エジソンは電力会社も経営していたため、電気代も稼いで一石二鳥の結果となりました。

 

身近なものだと、土用丑の日のウナギやバレンタインデーのチョコなど、企業側がうまく世間に刷り込んだビジネスのための概念が浸透しているかと思います。

 

では、本題に入りたいと思います。

僕が小さい頃からずっと違和感を抱いていた問題です。

 

「身を守る」や「防衛」のイメージに武器が出てくるのはなぜですか?

 

日本に元々ある「護身術」の教えは、相手を打ち負かすことよりも、自分が安全に逃れる方法を説いています。

そして、普段から危険な状況に身を置かない、ということが実践的な護身術だそうです。

何が言いたいのかといいますと、僕には、守るために武器を使うという常識は、刷り込まれた概念にしか思えません。

 

毎年、アメリカでは学校や市街地で起きる銃乱射事件が後を絶ちませんが、なぜ銃が無くならないのですか?戦争は悲惨だと歴史やニュースが伝えているのに、なぜ争いが絶えないのですか?

 

答えはシンプル。

〝儲かる″からです。

人々が争えば争うほど、戦えば戦うほど儲かる産業があります。それが「軍需産業」です。

軍事大国と呼ばれるアメリカの軍事企業トップ10は、売り上げの桁が「兆」です。

日本もその売り上げを支えるお得意先のひとりです。2017年には約3600億円もの武器を買いました。

世界では、平和を願って活動する人々とは対照的に、ビジネスのために争わせようとすつ人々が存在しています。

とても残念ですが、それが現実です。

 

想像してみてください。

あなたは銃を持っています。目の前に、同じように銃を備えた兵士と、何も持たないあなたの親友が立っています。二人ともあなたの敵です。

どちらを撃ちますか?

もちろん個人差はあると思いますが、僕はたとえ敵だろうと、無防備の親友は撃てません。

 

僕が思う最大の「防衛」は「繋がり」です。

繋がりが強ければ強いほど、防衛力は高まると思います。

きっと誰だって自分の親・兄弟へは攻撃したくないはずです。人間はロボットと違って感情を持っています。他人と知り合って、心通わし、繋がることで、いつかはその感情がブレーキ役になってくれると信じています。

お金では買えない最強の盾。

それは人間だけが持っている、地味でクサいけど、すごく温かい、人と人よの繋がりです。

 

本物の防衛は「外交」でしか築けません。

しかし、本物の外交をして世界が平和になると困る人たちがいます。

実際にアメリカの了承なしで中国と笑顔で協定を結んだ当時の田中角栄総理はどうなったでしょうか。ロッキード事件で表舞台から姿を消されました。とても残念ですが、これが現実です。

 

 

◇遺言

 

もし僕が死んだら、この世の権力によって殺されたんだと思って下さい。

一応冗談ですが、本当に冗談で済むことを祈っております。それほど、見えない大きな権力による〝圧″を日々感じています。

 

まずは島の先輩方へ。

本当は助けてほしいです。

こも大きな権力に向かって「このやり方はおかしいだろ」って言える大人はどれほどいるでしょうか。

しがらみの多いこの小さな島で、大きな声をあげることはとても難しい。僕だって、自分の集落の話でなければ、今頃知らん顔して過ごしていたでしょう。わざわざ人間関係のリスクを負ってまで、火事の現場に飛び込んでいくようなことはしません。なので、他の地域の人を責める気は全くありません。

 

でも、このミサイル基地問題を追い続けてもらいたいです。目を背けずに、しっかりと見続けてもらいたいです。いつか来ます。保革を超えて、島がひとつにならないといけない日が。島んちゅが立ち上がらないといけないときが。その時を見逃さないためにも、この問題から目を離さないでください。

 

次に、同世代のみなさんへ。

僕らが見えますか。島の中央部で、必死になって闘っています。子育て世代のみなさんですから、子どもから目を離せないと思います。どうぞ、耳だけ貸して下さい。

今、なにが聞こえますか。特に変わった音はしませんか。…実はそれがいいんです。この島ならではです。

今や沖縄でも少なくなった、基地のない島です。

 

しかし現在政府は、南西諸島防衛のためにオスプレイ17機を購入予定です。

一機200億円以上。基地ができればオスプレイ石垣島に来ない理由がありません。

 

聞こえますか。低空飛行でプロペラを振り回す音がー。墜落率が最も高い、危険な足音がー。

耳を済まして下さい。それは着実にこの島に近づいて来ています。その音が聞こえないうちにしか止められません。今後、島を引っ張っていく若い世代、僕たちがやらないで誰がやるんですか。

もし、僕の声が届いたなら、島の中央部にも耳を傾けて下さい。ずっと前から闘っている人たちがいます。そして「百聞は一見に如かず」。予定地を見に来ませんか。パインとサトウキビが広がる大地。みなさんの飲料用水にもなっている水源地。もう一度自分自身の目で見て考えて下さい。

本当にここに基地が必要ですか?

 

最後に、この島の後輩たちへ

君たちは島の未来です。僕らが生まれ育った「平成」の時代が終わろうとしています。次はどんな時代が来るのでしょうか。最近の異常気象や多発する自然災害に象徴されるように、怒涛の時代になるでしょう。物事を見きわめる目を養って下さい。

 

僕がアメリカにいるときに、お世話になった人生の先輩から頂いたアドバイスがあります。

「何か事件や大きなニュースが発表されたとき、誰が得をしたのか考えなさい。そうすると、世の中の流れが見えてくる」

そのまま、君たちに引き継ぎます。君たちの知っている常識や概念は、誰かが誰かのために作った都合の良い常識です。作られた色眼鏡やレンズにとらわれずに、まっさらな自分自身の目で物事を見極めて下さい。デマや雑音が流れ続けるイヤホンを外して、自分自身の耳で着実に耳を傾けて下さい。

いつか君たちにいい位置でバトンを渡せるよう、いまは僕らが頑張らないとね。

 

 

◇夜明け

 

「何を目指してるの?」

「何もないよ。ただ自分の地域を守りたいだけ」

消灯し、まぶたを閉じた頭の中で自問自答している自分がいます。そんな自分を病気かなと心配しながら、そして憂えながら、今宵も夢の中へー。

 

「国」という名も鎧を身にまとい、権力という名の刀を振り回す権力者たち。「この地には防衛のための軍事基地が必要だ!」彼らが作った概念の旗を掲げ、僕らの畑を踏み荒らす。島の経済を支えてきたパイン畑やキビ畑をー。

「中東の次のビジネスターゲットは南西諸島だ!カネになるぞ、武器を運べ!」

権力者のうちの誰かが叫ぶ。僕らは無力。

力で抑えつけられ、ただただ変わりゆく土地を見ているだけー。

でも、僕は農家。農家には農家らしい闘い方ー。

 

そうだ、ここにタネを植えよう。いつか花咲く平和のタネを。

僕らがいなくなっても、ここでずっと咲き誇るように。そしていつか実を結んだのなら、きっと甘くておいしい実になるだろう。鳥たちが食べたくなるような。

もし食べてくれたのなら、遠くまで運んでおくれ。タネを世界中に届けておくれ。いつか、この平和の花が世界中で咲き誇るように。

 

そう、はじまりはここから。

僕らの地域から。

ここ、石垣島から。

 

世界の夜明けに、優しく響く。

闘う農民のバラッド。

 

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以上です。万が一、誤字脱字があった際には申し訳ありません。

 

石垣島に起きている自衛ミサイル基地問題は、同じ八重山地域に住む波照間島にとっても他人事ではありません。自治体としてのくくりは違いますが、天気が良ければ島から見えるし、買い物や通院、内地に向かう時の飛行機利用など、周辺離島にとってもなくてはならない拠点となる島です。親戚や知り合い・島の子もたくさん住んでいます。国内移住者のみならず、台湾からの移住者の方達もたくさんいます。

石垣島は、既にグローバルな平和社会を築けていると思う。

 

 

『平和』や『安全』は誰にとっても生きてく上で重要なものであり、

それを築けるのは上記でも述べている通り外交や友交・繋がり。

 

恐れからくる武器武装や威嚇はもうダサい。

ゆいまーるが息づく沖縄でカネに走るのも醜い。

 

 

 

勇気を出した一歩先にある交流を、和平を、掴みに行きたいですね。

 

だってそのほうが面白いはず。絶対。