ma’s diary

遺書のようなブログ。

ひとりごと。

1月16日。

昨日は夏日のような暑さと久々の晴天だったが、

今日は一転、雨&風バーバーの荒天になった。




何日か前に雲の隙間からケムトレイルが見えたからその影響もあるのかもしれない。








年末に《農民のバラッド》という過去記事がバズッて普段の四千倍という閲覧数を叩き出したが

今は落ち着き、いつも通りポツポツと一人二人いればいいカンジになってきた。


全体で見られてる記事もほぼほぼ上記の記事のみ。



誰も、大して私になど興味はないのだ。


思いきり、大いに記事を書きたいと思う。











相変わらず、去年と変わらない精神で生きている。



唯一、やっちまいたいコトがあるのだが、
世間的に見ればDQN な奴みたいなコトなので躊躇したまま年を越し早半月経っている。


世間的にはDQN なようなこととはいえ、
それが出来ないが所以にずっと辛くてモヤモヤしている。

果たしてこれはやっちまったほうが良いのか、
でもそれは単に自分を満たしたいだけのことなのか、悩む。


でもたいがい、人に良く見られようと我慢することは良くなかったりするよなぁ、、とも思ったりする。



気を揉んで心臓が苦しい。






最近、肺炎気味かと思うくらい呼吸が苦しいのだ。重症である。








でも、

自分に恥じない生き方をしていきたいとも想う。

1月3日/人生はRPG

今日もなかなかの雨続きな日だった。



年末にこのブログの閲覧数が普段の四千倍になるというびっくりを味わったが
数日経ち、1/10に落ち着いた。


ネット上の拡散は一気に広がるが、
終息するのも早いらしい。




普段誰も見てないようなブログなので

一気に閲覧数が増えるとビビる。




ビビりついでに駄作なブログ記事もいくつか削除した。


まだまだ文章が稚拙である。



感情が先走りし、文章が追い付かない。




別にたくさんの人に読んで欲しくて書いてる訳ではないので稚拙でも構わないのだが


もしも多くの人に読まれたらと思うと余りに酷い文章なのでそれなりに恥ずかしくない文章を書こうと思った。




自分の意図を伝えるのは本当に難しい。








今年の目標は《宵越しの感情を持たない》こと。



行動がノロく、グズグズしていて嫌な気分を引きずりがちなので、

さっさと行動して次のステップに進んでいきたい。






何かあるとすぐ「死にたい」と思って逃げる傾向があるが、死にたいと思ったら

『生きたい』と言い換えて

生きることから逃げないようにする。




失敗や惨めな想いもすることが
人と関わる度に多々ある。が、



もういちいちその結果を真に受けない。




真に受けないことで更に経験を積み、レベルアップしていくことを目指す。





自分はコミュニケーションに関してはスライム一匹にすら負ける弱者なのだ。

ドラクエでいうスライムとは、

ゲームスタート時に出会う最弱のモンスターで、倒しても経験値は《1》しか稼げない。

だが、ゲームスタート時はキャラクターも最弱なため、レベルアップするにはこのスライムをコツコツと倒して気長に経験値を稼ぐしかない。


自分は今、そのラインにいるのだ。



人生はRPG






コツコツ モンスターを繰り返し倒しては
経験値を積むしかないのだ。

今日見た夢

今日見た夢の記録。




最近、家に知らない人が自分を追ってやってくるとか、そんな怖い夢ばかりだったけど。


今日の夢では最終的に小さな洞窟?を見付けて入ると

水琴窟のような音を奏でる水晶のかたまりを見た。


水滴が水晶に落ちて水琴窟のような綺麗な音を奏でているのだ。 
ぴっちょんぴっちょん
聴いているだけで身体の細胞が癒されていく音。

もっと聴いていたかったなぁ。。


その後、

どうしてもそこの水晶が欲しくて

壁に張り付いていた水晶(水晶が壁に張り付いてる訳はないのだがそこは夢)を取ってポケットに入れた。

とっても綺麗に透き通った六角柱の水晶、


持った瞬間からすごいエネルギーを感じた。


その後、また見るとその水晶はチタンみたいな金属色に変わっていた。




そこで夢は終わり目覚めてしまったのだけれど


なかなか久し振りに良い夢だった。







他にも、


どこかの知らない街を散策していたり、

何故か小学校の中に入ったり

六万円で取り引きされる1円切手(!?)を見せてもらったりした。





夢だから、支離滅裂。



でも

知らない街散策や
小学校に行く夢は時々よく見る。


深層心理と関係してるのだろう。






夢の中で手にした水晶が具現化して
目覚めたら布団の中にあった…! とか起きたら良いんだけど。。


起こらなかったよね~。(^_^;)





久々に良い夢を見れて、有り難いです ◎


  

見えない世界

先日、強風吹き荒れる日に久々に海に赴きました。


風の強い日に海に行く時は、
風向きを考えて風下になる浜辺に行きます。

こおいうことができるのも、
周囲が海だらけの小さな島ならではだな~と思います。







で、

海に行って、風にあまり当たらないようなところに寝そべって海を眺めていました。




基本的に海は怖くて苦手なのですが、

強風によって波がバババババと風に飛ばされている様子が壮観でした。


いつもより高い波が上がると、波の内側に蒼いブルーが見えます。その色は悪天候の時にしかなかなか見えない蒼で、
私はその蒼色がとても好きです。






いつも海を眺めていると


これが地球の表面なんだよな~と思います。




同じ星(地球)でも地域によって海水が波立っていたり穏やかだったり、不思議なものだな~と思います。



目の前に広がる果てしなく遠い水平線まで行ったとしても、
外国を見るにはまだまだ距離があるでしょう。地球は広い。人間一人に見える景色など、ほんの一部だと痛感します。








で、



海を見ていて思いました。






海水=水は、《水》というカタチでいる時には目にも見えるし触ることもできますが

蒸発して空気中に存在する時には目に見えません。
そこに『存在』してはいるものの、見えないし、《湿気》として感じられる時はありますが基本的には触ることもできません。

でも、その水蒸気が集まってくると《雲》として認識することができます。






これは、

生身の人間・魂・霊・にも例えられるのではないかと思いました。






魂があるのか、霊が存在するのかさえも
あまりよく分かっていない私ですが、


水も水蒸気になり空気中に散らばると肉眼では見えなくなるので


霊や魂といったものも、

生身の私達には容易に確認できないだけで

ちゃんと『存在』はしてるのかも、というのはアリだな~と思いました。





霊と魂が分かれて存在してるかすら不確かなのですが


世の中のものは全てフラクタル構造、とすると

何かオドロオドロしいな~という場には湿気が溜まるように霊がいっぱいいるということだと考えられることができます。

霊というものは人間の発する電気のようなものだ、、という意見もありますが………
本当に何なんでしょうね??


霊感の強い人にいわせれば確かに存在しているようですし、

人の念、というものもなんとなく理解できますが

やっぱりよく「分からない」というのが正直なところです。





魂も………


あるとは思うけど………魂は不滅、とか言われてしまうと永遠に生きなくてはならないのか??と思いげんなりしてしまいます。
死んだら無になり すやすや眠っていられると思っていたけど違うのか??



植物が枯れても種を残しまた芽を出す………その『エネルギー』を魂というのか…… …
(そうなると遺伝子操作で種をつけなくなった植物は魂を奪われた魂の無い生き物、になるのか??人間でいえばアンドロイドになるのでしょうか??交配した植物をも種なしにしてしまうターミネーター的遺伝子操作植物も既に作られてしまってますよね…)

いや、根っこで増えてく植物もありますよね…
葉っぱから芽を出すのも……



いや~考えれば考えるほど分からなくなります。


分かりませんが、考えるのは好きです。



全てはフラクタル構造ですから、

何か、答えはきっと既に身近なところに在ると思うんですよね。シンプルで単純に。






私は霊感が無いので、
霊を見てみたいという好奇心があります。


霊感は無いくせに、いろんなもの(霊)はくっつけて歩いてるみたいなのですが~(^_^;)

前に、霊感の強い人が私のくっつけてきた霊と会話?(通信?)してるのを目の前で見たことがありますが、名前や職業、だいたいの年齢とかも分かるそうです。
ボ~っと宙を見つめながら、会話(通信?)をしていました。

霊感の強い人の世界を、一度でいいから体験してみたいですね。
一般人が体験したら気が狂っちゃうのかな??


でも、
遺跡に残っている霊とかと会話ができたら、
リアルに当時の様子が分かるんじゃない??とかも思うんですよね。
でも、多分あちらさんは自分の欲求ばかり訴えてくるでしょうから、なかなかこちらの聞きたいことを聞くのは難しいのかもしれませんが。

遺跡発掘して当時の様子を推測するよりも
霊能力を上げて直接霊に訪ねたり(できるなら)したほうが確実だな~などと思うのでした。




昔の波照間の様子を見てみたい、というのも夢であります。

何故、そんなにも島は霊だらけだというのか??とかも。。


島が小さく、ストレスのはけ口がないから念が溜まり、それが生き霊となるのか??








自然は無限の恵みを与えつつも
無慈悲なほど残酷に厳しい面もあります。









自分が全てのものを救えないように


神様も私達の全てを救ってくれる訳ではありません。
(そもそも《神様》というものが実在するのかさえ怪しい)














波さえも強い風に飛ばされてしまう光景を見ながら、

確かに存在してるものの肉眼では見えない世界に想い馳せてみたのでした 。

信仰対象の始まり

f:id:happy-hateruma:20181118003556j:plain

 

 

いわずもがな、スカイツリー

 

 

東京滞在中、宿のすぐ近くの隅田川沿いから見えるのでなんとなく行っては眺めてオリオンビール飲んだりしていました。

 

そう、東京のファミリーマートでもオリオンビール売ってたんですよ。

エビスビールはもう美味しいと思わない舌になってしまったんで、東京来てもオリオンです。値段も、石垣で買うのと変わらなかったかな。

 

でも11月行ったらもう売ってませんでした。

売り上げイマイチで入れ替わったのか、もともと夏季限定の販売だったのか。

 

東京にいても沖縄が感じられて良かったんだけどな〜。。

 

 

 

 

 

で、スカイツリーです。

 

 

別に、好きでも何でもないですが、

 

東京に来る度に見ていると、なんかコレ見ると東京来たな〜ってカンジになっちゃって(笑)、回数を重ねるにつれ、最近では東京着いたらまず最初に見たくなってきました。スカイツリー見たら、東京来たー!ってカンジになる。

 

反復って恐ろしい。。洗脳に近いな。

 

 

スカイツリーも、東京タワー同様     人々の“気”を集めて支配者に送る電池みたいな役割を果たしているようで(ブログ幻の桜より)

あんまり眺めちゃうのもどうなんかなーと思ったりするのですが、

 

やっぱ高い建造物ってつい見ちゃいますね。

 

 

 

これはね、なんか《崇拝》に近いと思いました。

 

〇〇行ったら仏像見たくなるみたいな。

 

崇拝に近いです。

 

ようやっと東京着いて、スカイツリー見ながら一杯やって、それで「今回も大変だったな〜」とか旅路を振り返りながら自分を労わる訳です。

で、こうしてやりたいことをやらせてもらっていることを感謝したりする。

願わくば、また来たいな〜とか、今度は誰々を連れて来たいとか何をしたいかとかもスカイツリー眺めながら思い始める訳です。

眺めるものは何だっていいんですよ

ただ、そこに一番高く目立っているから眺めるだけ。

ただ、そこに一番でん!とあるから、手でも合わせたくなるときの対象になる。それだけ。

スカイツリー自体は変わらずただ在るだけで、何もしません。

 

ただ、人は何かを願いたくなる時、何でもいいから何かに向かって拝みたくなる。そおいうときに、目立つもの、一番背の高いシンボル的なものに手を合わせたくなっちゃうものなのかな、と。

 

なんか、どっかの新興宗教がムダにデカイ仏像立てたがるのがちょっと分かった気になりました。まあアレに向かっては拝まないですけど。私は無宗教だし。いかにもカネの匂いするしな。

 

 

 

でも、信仰とか崇拝の対象というものは

こんな風にして生まれてくるもかな〜とかちょっと思ったのでした  。

 

 

タダの値段とは

f:id:happy-hateruma:20181119134854j:plain

 

 

いわずと知れた(いや知らんか)渋谷にある高級cafe、マメヒコさんで全メニュー無料の催しをやるそうだ。

 

 

 

ここはドリンク一杯800〜1000円くらい平気でしちゃうお高いカフェ。

 

渋谷だから土地代が高いさ〜、ってことで仕方ないのかもしれないが、それでも高い。

笑っちゃうくらい高いのだが、店の造りからサービス・メニューのクオリティーも他にはない高さなので、歯医者行って意気消沈した心と身体を癒したい時によく行ってました。

 

私がよく行っていたのは東急ハンズのさらに裏手にあった宇田川店なのですが、そちらはもう閉店してしまったのでこちらの公園通り店に行くようになりました。

 

 

 

で。

 

そのお高いマメヒコさんで、全メニューをタダにしちゃうという催しをするとのこと。

 

 

いばやの坂爪さんがやっているわたり食堂やめぐるめぐりカフェにも通じる試みです!

 

いや〜、それを日本の一等地にある高級カフェがやるんだから、バカじゃねえの?っても思うよねえ(笑)

 

でも、それをやっちゃって、かつ  ちゃんと経営も成り立たせるのがマメヒコさんで。。

 

 

きちんと“寄付”も募るみたいだし、当日スタッフも無料で手伝ってくれる人を募るし、

無料でインパクトを与えて普段来れない人を誘い込み、かつ無料で手伝ってくれる人を募ることによって不足分を補い、同時にスタッフ候補も集めちゃおう!ってのもあるんだと思う。頭良いなあ。。

 

いやでもそのための無料スタッフ集めもちゃんと面接からやるし、研修も実施する、当日お客さんへの説明もいろいろ高度なものが必要になってくるし、だいたいそんなことをしなくても充分やっていけるのに、手間のかかることをわざわざやってクレイジーですねえ。。

でも、そのクレイジーさ、、好きです。(そう思わせるのも作戦のひとつなんだろうが)

 

 

 

 

いばやのやっていることも、同じようなことなのだが、

いばやのやり方では《経営》としては成り立たない。寄付で成り立っている点では共通しているが、極論いつ終わってもいいと思ってやっていて、つまりは責任を負うことからうまく逃げている点がある。

 

 

が、マメヒコさんは違う。スタッフの生活もかかっているのだ。

やってみて、失敗したから終わりまーす、不手際も、タダだからいいでしょでは済まない。今まで愛用してくれたお客さんとの信頼関係だってある。

 

でも、経営のため、ただ適切な料金を取るだけでは終わりたくないのだろう。

 

 

 

以前、私はいつも利用させてもらってるお礼に島の黒糖を送ったことがある。

 

貧相な服装に裸足に島ぞうりで来店した私の足元を、まさに足元を見るでなく他のお客さんと同じように丁寧な接客をしてくれたことに対するお礼でもあった。

 

本来なら直接手渡すものを、勇気がなくて出来なかったので郵送して手紙といっしょに送りつけたのだ。

お店側も、黒糖といえども生ものをいきなり送りつけられて困っただろうに、なんと、後日そのことのお礼にとクッキーとジャムを送って下さった。

 

お礼にお礼。。。しかも、東京から沖縄に宅急便で……かえって金かかってるし!!

(どんなに小さい荷物でも千円以上かかるんだよ…)

 

いや普通しないでしょ。せいぜい一言書いたダイレクトメール送るとかさ、そのくらいでしょ。それが普通だと思うよ。それでいいと思うし。

 

 

でもそうじゃないのがマメヒコさん。。

肝心(ちむぐくる)がある。

 

しかも、流石、お高いお店だけあって肝心(ちむぐくる)もお高い。。いや太っ腹。

 

 

 

 

 

 

 

という訳で、11月23日、私が東京にいるなら行きたいくらいですがそうもいかないので、近くにいる方、行けたら行ってみて?下さい。行かなくても、世の中にはこおいうお店もあるんだってことを知ってもらえたら嬉しい。

 

 

 

自分だったら、普段高くて注文できなかったメニューを頼むかなあ。。

あれもこれも、注文してみたかったのあるなあ。。

で、どんぶり勘定で払える気持ちの分だけ、払うだろう。

 

店としては、真の価値を試されるよね。

 

 

 

 

 

リスクのほうが多いのかもしれないけど、

 

そんなリスクに自ら飛び込んでいけるものが、私は好きだ  。

 

 

 

 

 

 

 

本紹介;この世界の片隅に

f:id:happy-hateruma:20181119111145j:plain

 

 

この世界の片隅に』上中下巻

こうの史代

双葉社   ¥648(+tax)

 

 

最近   映画化やドラマ化されて話題になっていたようですが、

それより前に通っていた歯科医院の本棚にあるのを読んでいて、良作だなあと思っていました。

 

元々  手元に置いておきたくて古本屋で探していたのですが、

なかなか見付けることができず

 

先日   歯科医院の先生に頂いた図書券がちょうどあることですし、良い機会だと思ってこれを使って購入させて頂きました。

 

 

ちなみに下巻の初版(写真左)は表紙・主人公のホクロを書き忘れていたらしく、まんだらけで1800円のプレミアが付いていました。

角度的にホクロが見えなくても違和感ないんですが、指摘されたんですかねえ。

冬目景さんもホクロフェチで作中にホクロのある人物をよく描くんですが、時々描き忘れたり、アシスタントに汚れと思って消されたりするそうです(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *********************

 

現代もまた、戦時中といいます。

 

 

数々の震災で家や家族を失った方が、実はたくさんいます。

 

 

 

 

地震・台風・大雨… 近年起きるそれは、ほとんどが人工的に引き起こされたものだといいます。。もう、空襲みたいなモンでしょ。

 

カタチは違えど、戦時中と本質的には変わらない共通点がヒットした裏側にはあると思うととても切なくなります。『君の名は。』もそうでしたね。

 

これだけ日本中に被災した人がいるんだから、戦時中の物語にも共感できて当たり前なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。

 

この作品は、絵柄も相まって戦時中を描きつつも非常にほのぼのと進んでいきます。

後半、主人公がなかなかの衝撃的な大怪我を負いますが

物語はそこを軸とはせずに淡々と続いていきます。

 

今だったら、間違いなく深刻になって引きこもりになりそうな大怪我なのに、

そうはならないのは作者の表現力の賜物なのか、生と死が当たり前に溢れていた時代だったからなのか、生活するのに精一杯でそんな暇も無かったからなのか。。

 

 

 

あの時代の残酷さと、

 

主人公の天然さに救われるところでもあります。

 

 

 

 

とにかく、一見すると絵が昭和でほのぼのしているのですが、

実に圧倒的な画力と表現力であの時代の市民のリアルな暮らしは勿論、言葉にならない矛盾や哀しみ、心の葛藤や生活苦も描かれています。

 

『漫画ならでは』の

あらゆる表現方法を使いながら、見事に読者に訴えるものがあります。

 

 

私はまだざっと読んだだけなのですが、それでも泣いてしまいました。

 

 

言葉にならない感情が、画面から溢れてくるんですよね。。

 

これはもう、漫画ならではの、漫画でしか表現できないものだと思います。

 

 

 

やっぱり漫画はいい⤴︎。お金なしに何度でも読み返せるし。

いま出版界は苦境に立たされてますので、ぜひ新刊を買って作者にお金を落として紙とインクの匂いも感じながら読んでもらいたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物語は戦時中を舞台にしていますが、そこは漫画。

 

時折、ファンタジーな要素も出てきます。

 

 

特に、冒頭で怪物?にさらわれた時に一緒にいた人が後に自分を探し当てて結婚を申し出てくるくだりにはやられました。

幼い頃に出会った異性を想い続けてて結ばれるパターンは少女漫画では鉄板の!✨きゅんきゅん✨ポイントです。

 

あの時代、結婚を申し込まれたら基本的には断れない(?)という時代背景にはちょっと驚きでしたが。それも、生きていく知恵だったのか。働き手が欲しいから結婚する、ってことも多々あったんだろうなあ。。

 

 

作品をよくみると、女は家庭に入るとホントにこき使われていて立場も低くって、今の時代からするとクレイジーな点もよく描かれています。

無月経になる女性が多かったというのも頷けます。

 ほんわか天然キャラの主人公も、ハゲが出来てたもんな。。

 

 

 

 

 

 

私はまだ瀬戸内地方には行ったことがないのですが、瀬戸内地方ならではの暮らしの様子も実によく描かれています。

恋愛模様も。今とはまた違った純朴で不器用な様相がリアルに描かれていて見ているこちらがドキドキしてしまいます。

 

今も昔も、ヒトの求めることは変わってないんでしょう。

 

 

 

 

 

 

ファンタジーな様相も時々出てきますが、震災直後にはたくさんの方が『幽霊』を見たと証言していることから、そんなに突飛なこととも思えません。

 

むしろ、生と死が混ざり合う時には当たり前に存在するものかもしれないとさえ思いました。

 

 

 

 

 

 

今は妖怪も幽霊も神様もだいぶ減ってしまって、それが良いことなのかどうかは分かりかねますが

 

 

作品の主人公のほんわかさを見ていると、

どんな時代であっても幸せに暮らすヒントを教えてもらえたような気がします  。

主人公の周りでは、主人公の天然さも手伝ってどんな状況でも笑いがありましたから。